こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2026.04.06 『スーパーの女』30周年!!
仕事を終えて、「春の夕暮れ時って景色も空気もイイのよね~」と鼻歌まじりに向かう先はどこか。
スーパーです。ほぼ毎日、行きます。
さーて、帰るぞー
スーパー行くぞー
「今日の晩ごはんのために」が主なテーマなんですが、最近の私の買い物は「必要な栄養素を揃える」ことが軸になっていて、「何の料理を作るかは二の次、あとでどうとでもできる」というスタンスなので、あんまりギラギラしていないというか、ちょっと淡泊というか、少し退屈ですらあります。
そこで、頭の中の退屈しのぎに何をしているか。
他のお客さんの観察です。
凝視するわけではなくつい目が行ってしまう程度の観察でも、何をどのように選んでいるのか、人それぞれで楽しくなってしまうのです。
ギラギラした様子でお魚を物色している人も面白いし、スマホを見い見い自信なさげにお野菜を選んでいる人も面白い。マイ定番とばかりにお豆腐を迷いなく手に取りカゴに入れる人を見ると「私も買ってみようかな」と思ったりします。
「この人はプロスポーツチームの選手なんだろうな」という方のお買い物姿にも興味津々。
みなさん、何を買って何を作るのかな~
どうしてこんなに面白いのかな~
思い出されるのは『スーパーの女』(1996年)のワンシーン。
小学校の同級生だった花子(宮本信子館長)と五郎(津川雅彦さん)が何十年ぶりかで再会。家業のスーパー経営に興味が持てず立て直し方が分からない五郎を、スーパー大好きオバサンの花子が励ます場面です。
少々長くなりますが、この場面の二人の会話をご紹介いたしましょう。
(以下、五郎 / 花子 で色分けします)
正直言って、俺はスーパーに向いてないような気がする。
やってて何にも面白くない、この商売。
あら、スーパーはいい商売じゃない。
どこがいいの? こんな商売。
だって面白いじゃない、スーパーって。
だから、どこが面白いんだよ。

例えばさ、ここに一人の主婦がいるとするだろ?
この主婦がスーパーにやってくる!
彼女はまだ何を買うか決めてない!
彼女はまず何をするか!?
まず台所で切れてるものを補充する。
ジャガイモキャベツタマネギトマトキュウリ......
だからスーパーの売り場はまず野菜から始まってるわけだよ。
......あ? そうなの??
そうなのって、しっかりしろよお前。いいか、ここが大事なんだよ。
とりあえず野菜売り場で毎日の野菜をカゴに放り込むうちに、だんだん彼女の買い物気分が盛り上がってくるんだよ。

......相撲の仕切りに似てるな。
そうだよ、仕切りで盛り上がったところに、活きのいいタイが目に飛び込んでくる。
「今夜はタイチリにしようかな」
「あ、おでんもおいしそうだ」
「そうだ、それとも久しぶりにすき焼きでもやるか!」
最後にうどん入れてな!
煮詰まったとこにな!
......なんか鍋に偏ってないか、彼女の献立。
一家団欒って言ったらやっぱり鍋だもん。
そう、家族そろって湯気の出る鍋を囲んで。夢だなあ。
夢よ。
なるほど。売り場に触発されて一家団欒のメニューが決まってくる。

そうそう。それはね、彼女にとっては買い物のドラマなの。
「こんなに素晴らしい晩ごはんをこんなに安く作る、あたしってなんて素敵な主婦なんでしょう! 家族の幸せ、あたしに任せといて頂戴!」
......お前、もしかして不幸なんじゃないのか?
俺でよかったら慰めてやろうか。
うるさいな!
お前んとこの売り場には、この主婦を興奮させるドラマがない!
いい売り場は主婦に対して話しかけてくるんだよ。
「奥さーん、今日の晩ごはん、これにしましょうよ」ってね。
なるほど、私は他の買い物客の「ドラマ」を想像するのが面白くて観察してしまう、ということだったようです。
『スーパーの女』はバブルがはじけて不況のムードが社会を覆い始めた時代に作られました。
1996年6月15日公開ですから、今年で30周年ですね。
野菜がしなびている、魚から赤いオツユが出ている、昨日の売れ残りをリパックして今日の日付に変える、売り場は売り切れだらけ、店内はゴミだらけ、社員も取引先も不正してるわ、悪徳ライバル店が買収を仕掛けてくるわ――
ダメスーパーの見本のような"正直屋"、花子と五郎とお店のみんなで立て直せるか!? という物語の大ヒット映画です。
別のシーン、花子はこんなことも言っています。
見てごらんよ。
この町の中に何万人もの人が生活してる。
みんな稼ぎは決まってる。
その稼ぎの中で、少しでもいい暮らしをしようとしている。
だからお客様は真剣よ。
スーパーへ来て、少しでもいいものを、少しでも安く買おうとする。
その期待に応えられるスーパーは生き残る。


公開から30年を経た『スーパーの女』ですが、今でも高い人気を誇っています。「いい商売」と「いい消費」が相関関係にあるということの本質が描かれているからなのだと思います。
映画を観た消費者が賢くなったがために、日本中のスーパーが「いい商売」を目指すようになった、とまで言われているとか――
誰しもが職業人であり消費者ですから、両方の視点をもって楽しめるところもオススメポイントです。
まだの方はもちろん、映画館やテレビ、レンタルビデオで「観たことあるよ」という方はぜひもう一度、つまり全人類にご覧いただきたい作品です。
祝、30周年!!
『スーパーの女』ほか伊丹十三脚本監督作品は、東宝から発売されているBlu-ray「伊丹十三FILM COLLECTION」シリーズ(各作品4,700円+税)でご鑑賞いただけます。
公式サイトはこちらからどうぞ。
学芸員 : 中野
2026.03.30 伊丹十三記念館 館長・宮本信子『出勤』のお知らせ
記念館便りをご覧の皆さま、こんにちは。
ホームページのニュース欄でもお届けしている通り、館長・宮本信子の『出勤日』が決定いたしました!!

<宮本信子出勤日と時間帯>
5月15日(金)14時頃~16時頃まで
※状況により、急きょ予定を変更する可能性がございます。何卒ご了承ください。
伊丹十三記念館にとって、5月15日といえば・・・。
伊丹さんのお誕生日で、伊丹十三記念館の開館記念日となります。
伊丹さんは昭和8年(1933年)生まれですので、同日は93回目のお誕生日となり、伊丹十三記念館はおかげ様で本年5月15日に開館19周年を迎えます。
そんなダブルでおめでたい日の出勤となりますので、ぜひみなさまにお越しいただき、宮本館長とお話しやお写真撮影をしていただきたいと存じます。
ぜひこの機会に記念館にご来館ください。
宮本館長とスタッフ一同、皆さまのご来館をお待ちしています。
スタッフ:川又
2026.03.23 春のおすすめメニュー
記念館便りをご覧の皆さま、こんにちは。
3月も残すところ1週間余りとなりました。朝晩はまだ肌寒いですが、日に日に日差しが温かくなってきている感じがします。先週は卒業式帰りの学生さんなどを目にする機会もあって(ご卒業された皆さま、おめでとうございます!)、より一層「春だなぁ」と実感しました。
さてカフェ・タンポポでは、この度「豆乳イチゴ」をスタートいたしました。
豆乳イチゴ(税込800円)
豆乳イチゴは、毎年この時期に提供を開始する、期間限定のメニューです。
ネーミングそのままの、イチゴと豆乳を使ったシンプルなドリンクですが、ほどよくミックスされたイチゴの酸味と甘み、豆乳のまろやかさを味わっていただけます。
ドリンクのピンク色と上にのせたミントの緑色の組み合わせがなんとも春めいていて、これからの時期にぴったりなんですよ。
期間限定メニューですので、ご来館の際はぜひお試しください。

イチゴは愛媛県産を使用しています
また、「愛媛みかんジュース飲み比べセット」もおすすめです。
こちらは1年を通じてご提供していますが、みかん栽培の盛んな愛媛県ということもあって、ドリンク類ではホットコーヒーに次ぐ人気のメニューです。

愛媛みかんジュース飲み比べセット(税込800円)
愛媛みかん(温州みかん)、清見タンゴール、デコタンゴールの3種類のみかんジュースを飲み比べていただけます。果汁100%のストレートジュースですので、みかんそのままの風味を味わっていただけますよ。
県外の方のみならず、愛媛県内からの方にもご好評いただいています!
ちなみに......ご注文の際、よく「量ってどれくらいですか?」とご質問をいただくのですが、『ヨーロッパ退屈日記』(新潮文庫)と並べるとこのくらいの大きさです。

愛媛みかんジュース飲み比べセットと
『ヨーロッパ退屈日記』(新潮社)
春の行楽シーズン、お出かけの際はぜひ記念館にもお立ち寄りください。
ご来館をお待ちしております!
スタッフ:山岡
【 お知らせ:5月17日(日)の開館時間およびカフェ営業につきまして 】
5月17日(日)は開館時間を短縮し、10時~14時(最終入館13時30分)とさせていただきます。カフェ・タンポポは終日休業いたします。
ご不便をおかけし誠に恐れ入りますが、何卒ご了承ください。
2026.03.16 花粉症
3月も半ばとなりましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
記念館ではトサミズキ、ロウバイなどが次々に花をつけており、中庭ではヒメツルニチニチソウが咲きました。タンポポもじきに咲き始めることでしょう。春はすぐそこです。
トサミズキ
ロウバイ
ヒメツルニチニチソウ
さて、私は季節としては春が一番好きなのですけれども、この時期に毎年悩まされている現象として、花粉症がございます。
今年も1月の終わりごろに怪しい気配を感じ、2月の中頃には諸症状が急に増えたのであわてて病院に行き、薬を処方してもらいました。
花粉症だと気づいたらすぐに病院に行けばよいのですが、不思議なもので症状が軽い状態の時には「あれ、少し鼻がムズムズする?」、「目がかゆいかも?」程度で、病院に行くほどでは無いと思ってしまい、毎年症状が酷くなってから病院に行っております。
例にもれず頻繁なくしゃみと鼻づまり、目どころか顔全体のかゆみに襲われてかかりつけの病院に行きましたところ、「うん、炎症がおこってますね。アレルギーの人の鼻です。来年からはもう少し早く、1月の終わりには来てください」と念を押されました。
そんなこんなで無事に薬もいただき、これで症状が治まると安心しておりましたが、症状が酷くなってから薬を飲み始めたので効きが悪くて鼻づまりが治らず、喉の炎症まで拗らせました。結果は副鼻腔炎だったのですが、レントゲンを撮っていただき、耳鼻科の担当の先生に丁寧に「ここが鼻で、ここに4つ空洞があるんだけどね。これ副鼻腔。白く曇ってますね」と鼻の状態を説明していただきました。その、レントゲンで鼻の状態を説明されております際に、思い出した伊丹さんのエッセイがこちらの「鼻の構造」です。
私が鼻のことを書こうと思ったのは、今、風邪をひいているからなのである。
(中略)
風邪をひいて、鼻が詰まったりぐずぐすしたり、不調なままに寝込んでいる間に、私は、鼻の構造というものが次第に気になり出してきた。
私は、鼻の穴が、鼻をさかのぼり、鼻の付け根のあたりで奥のほうへ曲がってゆくらしいことを気配で知っている。
そうして、やはり、気配によると、その穴は、口の中の天井の部分、つまり口蓋というのかね、その口蓋の途中へ抜けているらしいのだが、以上が私の鼻に関する知識のすべてであって、つまり私にとって、鼻は、入口と出口以外は全く神秘に包まれているといってよいのだ。
第一の神秘は、かの「ラ・モルヴ」であろう。食事中の読者もあるかも知れぬから、鼻に関係した、例の粘液を、フランス語でこう呼ばせていただく。
そもそも、ラ・モルヴは、なんでまあ、ああも無尽蔵に、かめどもかめども出てくるのだろうか。一体どこにその源泉があるのか。
ラ・モルヴ以外の分泌物に関しては、われわれは一応なになに腺とかいって、その出所を教えられているのに、なぜこのラ・モルヴに関してのみ教わったことがないのか。
「脳中の水分が滲み出したものがラ・モルヴである」
ギリシャの哲人ならさように考えたかも知れぬ。いや、それも案外当ってるのかも知れないよ。ともかく、なんにも知らないんだからどうにもならぬ。
私の印象によれば、鼻の裏側に、二つの壺状の容器があるように考えられる。この壺の中にはラ・モルヴが澱んでおり、ラ・モルヴの量が壺の容量を超えると、ラ・モルヴは鼻の鼻孔のほうへ流れ出るのである。
いや、壺の容量を越えぬ場合でも、われわれが横になった場合には、その壺も横になるから、当然ラ・モルヴは流れ出すものと考えられる。
風邪をひいた場合、咳や、熱や、頭痛などは眠っている間、ある程度後退するものであるが、鼻詰まりだけはむしろ悪化するのであって、その原因は実にここにあるのです。
私の場合、風邪はまず鼻へくる。そうして一晩たって喉へくるのが常であります。ということは、夜のうちに、ラ・モルヴが流れ出し、仰向けに寝ている関係上、口蓋を伝って喉のほうへ流れてゆく。このラ・モルヴの流れに一晩さらされた喉の粘膜は、なんじょうもってたまるべき、たちまちにして炎症を起こす、というのが私の理論であった。
理論であった――というのは、どうも、この理論は間違っていたらしいのだな。壺を横にするから、ラ・モルヴの流出が激しくなる、従って、ラ・モルヴの流出を防ぐためには壺を直立の位置に保てばいい筈だ――この理論に従って、私はうつ伏せになって寝てみたのである。
翌朝の喉の痛み、鼻の不快感は想像を絶するものであった。
さて、私は、これから平凡社の世界大百科事典「ノウ―ハン」の一巻を開いてみようと思う。
「ハナ」の項を開く。おそらく頭部の断面図が描かれているだろう。
鼻のうしろに壺は有りや、無しや?
今まさに神秘の扉は開かれようとしている。
(『再び女たちよ!』より「鼻の構造」)
薬の処方を待っている間に、スマートフォンであらためて鼻の構造を検索してみました。なるほど、伊丹さんの言うところの"ラ・モルヴ"は鼻の粘膜で作られている。そして私がアレルギー性鼻炎を拗らせて急性副鼻腔炎になったのは、文字のとおり鼻腔(鼻の穴)に沿うように存在している空洞の副鼻腔に炎症が起き、"ラ・モルヴ"が鼻の通り道をふさいだり溜まったりしていたようです。
伊丹さんの理論の"ラ・モルヴ"が溜まっている壺は残念ながら無いですが、空洞は確かに存在しております。全くの間違いではないようです。伊丹さんのエッセイと、レントゲンを見ながら教えてくださった耳鼻科の先生のおかげで、鼻の穴の構造に少し詳しくなりました。
ちなみに、こちらのエッセイ「鼻の構造」で省略させていただきました部分では、伊丹さんの鼻についてのお話しがもう少し載っておりますので、気になる方はぜひ実際に読んでいただけますと幸いです。
「鼻の構造」が載っている『再び女たちよ!』
オンラインショップでもお買い求めいただけます。
学芸員:橘
2026.03.09 伊丹映画とビデオ
4月に開催する収蔵庫ツアー、たくさんのご応募をいただきました。
定員16人の抽選イベントにエントリーしてくださった県内外の33組50名様、まことにありがとうございます。
抽選結果のお知らせを準備しておりますので、お届けまで今しばらくお待ちくださいませ。
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このところ、30年ほど前の新聞・雑誌と格闘しています。
「伊丹映画のビデオソフトの広告」調査です。
左手前の箱:『ミンボーの女』ビデオリリース時の掲載誌
右奥の箱:メイキング『ミンボーなんて怖くない』ビデオリリース時の掲載誌
レンタルビデオの隆盛をリアルタイムで経験した世代ではありますが、今こうしてリリース当時の宣伝ぶりを"一望"してみると、ただもう「イヤハヤ」というのが感想で、それから先がなかなか出てきません。
「レンタルリリースの宣伝で新聞の5段広告!」
「同じ5段広告に見えてキャッチコピー3種類!」
「関東全域の生活情報紙に一斉掲載!」
「表4、表3、目次対向、表2片観音カラー広告!」
――いかがでしょうか、イヤハヤ。
伊丹映画に限らず、映画のビデオソフトというものが社会でどういう存在だったかを感じることも、多々あります。
たとえば、情報誌をめくっておりますと、劇場公開作品の紹介より新作ビデオの紹介に力を入れているものがあったりします。その分、レンタルビデオをめぐって動く人の数もお金も多かった、ということなのでしょう。
楽しみと喜び、消費活動、ビジネス――人々のさまざまな情熱の中心にレンタルビデオが君臨した時代だったんだなあ、と。私もお世話になったものでした。
それやこれやで思い出されるのは、第11回日本アカデミー賞授賞式での伊丹十三のスピーチ。
「今、ビデオのために映画が危機的状況にあるとアメリカでは言われていますが、私はむしろ映画の可能性がビデオによって広がると考えています」という内容のコメントでした。
脚本監督作品(『マルサの女』)が最高賞の最優秀作品賞を獲得した瞬間に、自作に関することをさておいて、映画界と映画そのものについて語る、しかも、新しいメディアを"仲間"として歓迎する姿勢で。伊丹さん、心からワクワクしてる表情だったな。
そうコメントしただけあって、伊丹映画では、ビデオソフトの制作にも大変な力が注がれていました。
劇場公開時に作り上げた「マスター・ネガ」を保管しておいて、ビデオ化の時には新たに映像を取り出して調整し、「マスター・テープ」を作っていたのだそうです。なぜかというと、「ビデオの画質×ご家庭の視聴環境においても作り手の意図になるべく近い映像で観てほしい」から。
テレビ画面で損なわれてしまう色調や明るさをフォローして、映画らしく感じられるメリハリをワンカットごとにつける作業が行われたというのですから、とてつもない手間がかけられていたわけです。
が、そうして作られたビデオの映像を最終的に映し出すのが「全く調整状態のばらばらな家庭用の受像器(ブラウン管テレビ)」であることも伊丹監督は憂えていたようで――
「各家庭を一軒一軒調整して廻りたいくらい」(月刊ビデオ・インサイダー・ジャパン1996年11月号)とまで語っている記事を今回の調査で発見しました。
レンタルビデオ店向けの新作情報誌。
巻末には注文用のFAXシートも。
同様の雑誌がいくつも発行されていたんですね、知らなかった!
「伊丹さんが全国のご家庭を訪問してテレビの設定......あり得ないことじゃない気がする」というのでしょうか、その様をありありと思い浮かべることができるのは、私だけではないと思います。
久しぶりにVHSで映画を"味わい"たくなってきました。何か1本、引っ張り出してみましょうかね。
学芸員 : 中野

